医学部入試「猫を轢き殺しても無罪であるという事をあなたはどう考えますか？」

医学部入試で出た「猫を轢いても無罪」問題、あなたはどう答えますか？（小林 公夫） | 現代ビジネス | 講談社（1/6）
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69566

すると、彼は「問題の解答とは直接関係がない話かもしれないが、いいか」、と前置きした上で、物静かな口調で猫の命についての実体験を語り始めた。

彼が医師になりたてで駆け出しの頃の話だ。ある暑い夏の日のことだった。
彼の自宅マンション近くの自動販売機の前に横たわる野良猫を見つけた。

その猫は極度に衰弱し、悲しい目で彼のことを一心に見つめていた。
食事もろくに取っていなかったのであろう、とびきりの猛暑のなかでぐったりとしていた。

彼はどうしたものかと考え込んだ挙句、猫をタオルでくるむとタクシーに乗せ、近くの動物病院へと向かった。
彼とその猫には何らつながりはない。
縁もゆかりもなかった。

だが彼の心に沸いたのは、「生命の重さからは逃れられない」という感情だった。
理由は分からない。
ただどうしても助けたいと思った。
「強い吸引力を感じた」のだという。

動物病院で血液検査をすると、菌が検出され、猫は感染症にかかっていた。
ただ、これは自然に生きる動物ならばよくある話だ。
担当した獣医の見立てでは、猛暑日に栄養状態も悪く、衰弱したのだろうということだった。

猫にはその動物病院で栄養点滴など懸命な治療が続けられた。
だが、その後20日間で息を引き取った。
もともと、回復の可能性の低い猫であることは誰にもわかっていた。
だが、生命の重さを考えると、やはり逃れることができなかったのだ。

縁もゆかりもないこの猫に、彼は数十万円の治療費をかけた。
救えなかったが、これが医療なのだと思ったという。

この医師の話には余談がある。
衰弱した猫を前に、彼がどうしたものかと迷っていたとき、近所に住む猫好きの高齢女性が偶然通りかかった。
彼女はひとたび自宅に戻ると、器に牛乳を入れて再び現れた。
そして、衰弱した猫に牛乳を飲ませつつ、背中を撫でながら乳児をあやすように何事か語りかけていたそうだ。

その時、彼は思った。
「自分が猫ならば、医師でありながら戸惑うばかりだった私よりも、この女性の『ケアの心』に思いを強くするであろう」、と。
そして、こうも付け加えた。
「生き物に接する姿勢としては、私はこの女性に到底かなわない。猫の気持ちを自然に汲み取る心ある姿が、そこには確かに存在していた」、と。

（中略

〈短歌を読み、私は動物と人間の関係性について深く考えさせられた。
短歌から猫を轢き殺した筆者の行為が、過失であったため、お咎めがなかったことが読み取れる。
それが人間の規則なのだと理解しつつ、筆者はどこかでわりきれない思いを抱いているのである。
そこでは、人間と同じ生命体であるにもかかわらず、猫を「物」として扱う我々の社会の在り方に疑問が投げかけられているのだ。

現在我が国の法律では所有者のいる猫を故意に傷害した場合、行為者は器物損壊罪に問われる。
しかしながら、猫を過失で傷害した場合には無罪と位置付けられている。
なんとも虚しい話である。

だが我々の社会も徐々に変容しつつある。
これまでは所有者のいない猫は法の対象ではなく何ら保護されなかったが、現在は動物愛護管理法の対象として保護されているからだ。
この法律には、犬猫などの愛護動物をみだりに殺し又は傷つけた場合は、罰則が課されると規定されている。
これは大きな進歩である。

上にも述べたように従来の法律では、たとえ猫の生命を奪おうと、その行為は「傷害」と位置付けられていた。
生命を奪っているのに、「56す」と定義されていなかったのである。
命を奪いながら、それを傷害と呼ぶとはなんとも不思議である。

短歌に詠まれた猫は、人間社会の文明の犠牲者であるとも言える。
失われた１つの生命の重さを考え、命の大切さと真摯に向き合える人間に、これから成長していきたいと思う〉

あなたならこの問いに、どう答えるだろうか。

これで満点やろ